イタリア

2011年9月 4日 (日)

『勝者の混迷(上)(下)』/塩野七生著

『勝者の混迷』と題された塩野七生さんの『ローマ人の物語』第6巻、第7巻を読んだ。

P1170290

紀元前2世紀半ば、強大国であったカルタゴを滅亡させ、地中海世界の覇者となったローマだったが、その後に続くのは、覇者になったがゆえの混迷の時代だった。

ハンニバル率いるカルタゴを破り、アレクサンダー大王の末裔マケドニアを滅亡させ、今や地中海世界の覇者となったローマの前にはもはや外敵はいない。しかし、そのローマも次第に内から病み始める。300年続いた共和政ローマの自己矛盾やほころびが顕在化し、「内なる敵」が立ちはだかるようになる。

外に敵のいなくなったローマは生き残りをかけて国内改革に迫られる。要は超大国になったがために、生き残っていくためには脱皮が必要となったのだ。

そこに、ハンニバル戦争でのローマ側の英雄スキピオの孫、グラックス兄弟が登場し、国内改革に取組むが、一度できあがった強固なシステムの改革はいつの時代でも困難なものだ。根強い抵抗勢力の前に命を失ってしまう。

それに続く改革も混迷を極めるが、紆余曲折を経て、ローマは何とか脱皮をしていく。

『勝者の混迷』は、地中海世界の覇者となった共和政ローマの混迷の世紀を描いているが、物語の内容が国内改革であり、前巻までで描かれたハンニバル戦争のようにドラマチックでもなく、ハンニバルやスキピオのような英雄も登場してこないし、はっきり言って、読んでいてあまりおもしろくはない。

しかし、大国ゆえの苦悩や混迷、改革の困難さ等々、今日の世界でもそのままあてはまる問題が描かれている点は非常に興味深い。

勝者の混迷がいまだ終わっていない紀元前1世紀のローマ。次巻以降では、ついに古代ローマ史上最大の英雄カエサルが登場することになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月29日 (月)

『ハンニバル戦記』/塩野七生 著

塩野七生の「ローマ人の物語 3~5」を読んだ。

「ローマ人の物語」の3巻から5巻は『ハンニバル戦記』と題され、ローマの前に立ちはだかる地中海の大国カルタゴの稀代の名将ハンニバルとローマとの戦いを描いている。

P1170289

紀元前3世紀後半、新興国家としてようやくイタリア半島を統一した共和制ローマの前に、北アフリカの大国カルタゴが迫ってくる。そして両国は地中海の覇権をかけてついに戦争に突入する。戦争史上に名を残す「ポエニ戦役」だ。

このポエニ戦役では、カルタゴ、ローマそれぞれに偉大な英雄が登場する。カルタゴのハンニバルとローマのスキピオだ。このふたりは、古今東西の名将10人の中にどちらも入ると言われている天才的戦略家だ。

紀元前218年、カルタゴのハンニバルが、象と大軍を率いてスペインからフランスを通り、なんとアルプスを越えてイタリアへ攻め込んだ。アルプスを越えてイタリアに進攻するなんてこと、その当時の誰もが想像さえできなかったことだ。

ハンニバルに攻め込まれ、ローマは建国以来最大の危機に見舞われるが、そんなローマを救うために立ち上がったのが若干24歳のスキピオだ。

こうして、ハンニバルとスキピオという両雄が国家の運命をかけて激突する。歴史上に名を残す「ザマの戦い」だ。

激戦の末、スキピオ率いるローマがハンニバル率いるカルタゴを破り、この一戦でポエニ戦役は雌雄を決した。ポエニ戦役で勝者となったローマは、まさに地中海世界の覇者となり、敗者となったカルタゴは滅亡してしまう。

700年の繁栄を誇った大国カルタゴと新興国ローマの地中海の覇権をかけた攻防、そこに登場したハンニバルとスキピオという稀代の英雄たちの戦い、登る日の勢いのローマとその前に歴史上から姿を消してしまうカルタゴ。

130年間におよぶ壮大な歴史絵巻を塩野七生さんは、いつもながらの見事な筆致で生き生きと描き上げる。特にこの『ハンニバル戦記』では、ハンニバルとスキピオというふたりの英雄に焦点を当て、登るローマと沈むカルタゴを描いているところが印象的だ。

塩野さんの手にかかると、2200年も前のことが、今この目の前で繰り広げられているかのようで、一度読み始めるとおもしろくて止まらなくなった。

5巻を読み終えると、そのまま6巻を読み始めたのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 5日 (水)

『食べたいほど愛しいイタリア』/アレッサンドロ・ジェレヴィーニ

アレッサンドロ・ジェレヴィーニ著、『食べたいほど愛しいイタリア』を読んだ。日本在住イタリア人で、日本人作家よしもとばななの小説のイタリア語翻訳者であるアレッサンドロ・ジェレヴィーニが、イタリアの料理、家族、文化、風習などについて書いたエッセーで、とても興味深く、おもしろかった。

P1040436

僕は、日本以外の国の文化や歴史、生活や価値観などについて書かれた本を読むのが好きで、わりとよく読んでいる。その理由は、外国の文化や生活、外国人のものの見方や考え方に興味があるからであり、また、そうした外国や外国人と比較することで、僕たちが普段、当たり前のことと思っている僕たち日本人の特性や個性に気づくことが多いからだ。

その手の本で圧倒的に多いのが、長く外国に住んでいる(住んでいた)日本人が、日本人の価値観や視点で見たその国の文化や生活、その国の人々について書いたものだ。林望さんや出口保夫さんのイギリスもの、同じく井形慶子さんのイギリスもの、吉村葉子さんのフランスもの、島村菜津さんのイタリアものなどがそうで、こうした本は文庫本で手軽に読むことができる。

ところが、今回読んだ『食べたいほど愛しいイタリア』は日本人が書いたものではなく、生粋のイタリア人が書いたもので、このように外国人が自国の文化や生活について書いたものとなるととても数少なくて貴重だ。それは当たり前のことだけど、日本語が話せ、しかも日本語で文章を書くことができ、さらに言えば、日本の文化や生活にも造詣が深い外国人がそうそういないからだ。

さて、『食べたいほど愛しいイタリア』は生粋のイタリア人であるアレッサンドロ・ジェレヴィーニさんが、日本人に向けて日本語で書いたエッセーだ。読みながら思ったことは、さすがにイタリア人が自国について書いたものだけに、イタリアが強く根付いている(当たり前だけど)。イタリアのDNAでイタリアについて語っている。そのことを強く感じながら、とてもおもしろく読むことができた。

それにしても、『食べたいほど愛しいイタリア』を読んで改めて思ったのだけど、イタリアという国は本当におおらかで、そして、イタリア人は本当に人生を楽しんでいる。この本を読んで、ますますイタリアへ行きたくなったのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月20日 (土)

『海の都の物語6』

塩野七生さんの『海の都の物語6』を読んだ。この1ヶ月ほどずっと読んできたヴェネツィア共和国一千年の物語もいよいよ最終巻。一千年の長きにわたって地中海の女王として君臨してきたヴェネツィア共和国が、ついにその死を迎えた。

P1080824

5世紀の誕生以来、交易立国として、徹底した合理主義と効率主義により、繁栄を続きてきたヴェネツィア共和国。同じ海洋都市国家ジェノヴァとの地中海の制海権をめぐるしのぎ合い、宿敵トルコ帝国との戦い、大航海時代の到来に伴う地中海の重要性の凋落、君主制国家や巨大帝国との戦いなどなど、大きな時代の流れに翻弄されながらも、何とか生きながらえてきたヴェネツィア共和国も、18世紀に入ると、経済的にも、軍事的にも、外交的にも国力は減退し、もはや誰にも止めることができない勢いで衰退の一途を辿る。

そして、勢力をつけてきた巨大国家フランスに突如現れたかのナポレオン・ボナパルトに攻め込まれ、1797年、ヴェネツィア共和国はついに滅亡してしまう。強固な政治システムと経済システムによって、千年以上にわたり共和国政体を堅持してきたヴェネツィア共和国にしては、あまりにもあっさりとした、あっけない終焉だった。

塩野さんは、このヴェネツィア共和国最後の日々を実に克明に、そして、消え行く栄光の残り火をいとおしむように描き上げている。その描き方はとても印象的で感動深いものがある。

塩野さんは問いかける。「なぜヴェネツィア共和国は滅んだのか?」と。我々日本人には、平家物語の「奢れる者久からず、ただ春の夜の夢の如し」の言葉があるが、ヴェネツィア共和国は、決して奢ってしまったから滅んだわけではない。一千年におよぶ長い歴史の流れの中で、時代の大きな波の中で、ヴェネツィア人たちの経済構造が変わり、精神構造が変わっていった。つまり、ヴェネツィア人たちは民族の魂を変えながら生きながらえざるを得なかった。一民族の衰退の原因が、その民族の精神的堕落の結果であるのなら、対処の仕方もあるが、もっと根深い民族の魂に起因しているのであれば、手の施しようがない。「盛者は必衰なのである」とする塩野さんの歴史観には共感するところ大きい。

ヴェネツィア共和国は、最後の最後まで共和国政体を維持したまま滅びの時を迎えていった。滅びの物語を読むのは悲しいものではあるけれど、僕はそこに「滅びの美学」を感じずにはいられなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月15日 (月)

『海の都の物語5』/塩野七生

塩野七生さんの『海の都の物語5』を読んだ。

P1080822

15世紀までに地中海の制海権を手中に収め、「地中海の女王」と呼ばれるようにまでなったヴェネツィア共和国だったが、15世紀末から16世紀にかけて、大航海時代の到来と君主制国家の台頭という時代の流れが大きく転換する中で、ヴェネツィア共和国も大きく方向転換を迫られる。第5巻では、中世と近世との分岐点ともいわれるこうした時代のダイナミクスによって翻弄されるヴェネツィア共和国が描かれる。

まずは、コロンブスの西インド諸島の発見に代表される大航海時代の幕開けによって、ヨーロッパと世界との関係の中心がこれまで地中海から、大洋へと移る。このことは、これまで地中海世界を独占してきたヴェネツィア共和国にとっては、長年享受してきた交易の主導権を放棄せざるをえなくなることを意味する。

そのため、ヴェネツィア共和国は、13世紀から15世紀までの交易に依存した経済活動から、16世紀には国内の産業振興による経済の多角化へと方向転換することとなる。つまり、ヴェネツィア共和国は生き残っていくために、海洋民族であることの度合いを下げていくことになるのだ。

また、16世紀にはスペインに代表される君主制国家が台頭し、強力な軍事力を背景として勢力を拡大していく。その強大な君主制国家によって多くの共和国が崩壊していくこととなるが、ヴェネツィア共和国はあくまで共和国の政体を守り続け、統治能力の強化によって強国に対抗しようと務める。

塩野さんは、時代のダイナミクスの中で、強大な権力や軍事力を持たないヴェネツィア共和国の「持たぬ者の悲哀」をベースに、時代の巨大な波に翻弄されながらも、生き残りのために懸命に努力するヴェネツィア共和国の姿を実に生き生きと描いている。とてもおもしろくて、ページをめくる手が止まらないほどだ。

大航海時代と君主制国家の時代を何とか乗り切ったヴェネツィア共和国であったが、16世紀には衰退期を迎える。そして、次の第6巻では一千年の歴史を誇ったヴェネツィア共和国の死が描かれる。果たして、どのような終焉を迎えることになるのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月10日 (水)

『海の都の物語4』/塩野七生

塩野七生さんの『海の都の物語4』を読んだ。

P1080819

第3巻では、ヴェネツィア共和国が、同じく海の共和国で最強のライヴァルであったジェノヴァとの激闘の末、ジェノヴァを下し、地中海の盟主となるまでを描いていたが、第4巻では、地中海世界にまで勢力を伸ばしてきた巨大新興国トルコとの死闘が描かれる。

1300年頃、小アジアで生まれたオスマン王朝は、破竹の勢いで領土を拡大し、わずか100年ほどで巨大なオスマン・トルコ帝国を築き上げた。そして、1451年、19歳のマホメッド2世がスルタンに就くと、東ローマ帝国とも言われていたビザンチン帝国の首都コンスタンティノープルを陥落させ、古代ローマ帝国を継承したビザンチン帝国を滅ぼした。

そして、そのままの勢いで西進を続け、地中海世界にまで侵攻し、ついにヴェネツィア共和国との戦争が始まる。ヴェネツィア共和国と宿敵トルコ帝国との死闘は、1463年から16年間も続き、最終的にヴェネツィアはトルコと講和を結ぶ。

トルコとの講和の条件は、トルコへの年貢金の支払など屈辱的とも言える内容だったが、ヴェネツィアにとっては、通商の自由が確保され、交易が活発に行える状況が保証されるのであればそれで良しと価値判断したのであり、交易で生きるヴェネツィア共和国は、ここでも経済至上主義に徹したのだと塩野さんは論じる。

徹底した合理主義と経済至上主義こそが、ヴェネツィア共和国一千年の秘訣であるとする塩野さんの考察は説得力があり、とても興味深い。

そして、4巻の後半では、ヴェネツィア共和国が、聖地巡礼のパック旅行を制度化し、観光産業としていたことが述べられているが、これも実におもしろい。

トルコ帝国との戦いを何とかしのいだヴェネツィア共和国が、新たな時代に突入し、どのようになっていくのか5巻以降が楽しみだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月 7日 (日)

『海の都の物語3』/塩野七生

日曜日なのに今日も雨。今週末は結局、雨続きで山へは行けず。晴耕雨読ではないけれど、塩野七生さんの『海の都の物語3』を読んだ。

P1080817

これまで読んだ第1巻ではヴェネツィア共和国の誕生から国の基礎作りが描かれ、第2巻ではヴェネツィア共和国が一千年もの長命を保つことができた秘訣となる経済システムと政治システムの確立が描かれていた。

そして、この第3巻では、9世紀から15世紀までの地中海での生き残りをかけた壮絶な攻防戦が描かれる。

9世紀の地中海は、アマルフィ、ピサ、ジェノヴァ、そしてヴェネツィアの海洋都市国家が支配していた。歴史学上、この海洋都市国家は「四つの海の共和国」と呼ばれ、この時代、四つの共和国にとって、地中海は「マーレ・ノストゥルム(われらの海)」であった。

しかし、四つの共和国のうち、十字軍という中世最大の海運事業に参加しなかったアマルフィが衰退し、12世紀前半、地中海という舞台から姿を消す。続いて13世紀末には、交易立国であるにもかかわらず神聖ローマ帝国皇帝寄りのイデオロギー色を出しすぎたピサが、ローマ法王派の諸国との対立に破れ、姿を消していく。

残ったのは、ジェノヴァとヴェネツィアのふたつの共和国。勢力が伯仲していた両共和国は、地中海の覇権をかけて、13世紀末から120年以上にもわたって戦争を繰り返す。そして、14世紀末、ジェノヴァが姿を消し、四つの海の共和国のうちヴェネツィアだけが生き残った。

ジェノヴァとヴェネツィアの運命を分けたものはいったい何だったのか?塩野さんはこう述べている。「すべての国家は、必ず一度は盛期を迎える。しかし、盛期を何度も持つ国家は珍しい。なぜなら、一度の盛期は自動的に起こるが、それを何度もくり返すのは、意識的な努力の結果だからである」と。

つまり、ヴェネツィア共和国は、海軍力や海戦術ではジェノヴァに劣っていたけれど、国を統治する努力、社会を組織する能力において、ジェノヴァを抜き出ていた。そして、その根本にあるのが、第2巻で描かれたヴェネツィアの徹底した現実主義、経済主義であり、それに基づいて確立された経済システム、政治システムなのだ。

このあたりの塩野さんの歴史事実の記述、そして歴史事実に対する論考は実に説得力があっておもしろい。読みながらワクワクしてくるほどだ。ヴェネツィア共和国一千年の物語にますます引き込まれていくのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月27日 (土)

『海の都の物語2』/塩野七生

塩野七生さんの『海の都の物語2』を読んだ。ヴェネツィア共和国一千年の興亡史の第2巻は、「ヴェニスの商人」と「政治の技術」について述べられる。

P1080815

第1巻ではヴェネツィア共和国の土台づくりが描かれたが、第2巻ではヴェネツィア共和国がいかにして一千年の長きにわたる繁栄を成しえたかの秘密を、その経済システムと政治システムの両面から解明する。現代においても有効に機能する経済システムと政治システムが、千年も前のイタリアの小国で生み出されたことに大きな驚嘆を覚える。

まずは経済システム。海洋都市国家として、海に生きることを選んだヴェネツィア共和国は、交易によって国家の維持と繁栄を築き上げる。その基礎にあるのは、徹底的な利益追求、合理性の追求だ。今日でも世界中で使われている複式簿記や、近代的な銀行制度が14世紀のヴェネツィアで生まれたことも、経済活動に合理性を追求した成果だ。

そして政治システム。君主制政治への移行が進む14世紀前後のイタリア半島において、ヴェネツィア共和国は、あくまで共和国として、以降500年以上も続く統治能力に優れ、強力で安定した政体を確立する。それは貴族制を持つ共和国という独特なシステムであり、独裁を禁ずる徹底した合議制を基礎とした政体だ。

資源を持たない海洋都市国家であるヴェネツィア共和国が、一千年にもおよぶ長命を保ちえたのは、弱小国であるがゆえに必要性に迫られ、徹底的に合理化した経済システム、政治システムを生み出したからに他ならないという塩野さんの論説は、非常に明快で説得力があり、しかもおもしろい。

ヴェネツィア共和国一千年の繁栄の秘密は、ヴェネツィアの人々がモラリストやヒューマニストであったからではなく、徹底したリアリストであり、エコノミストであったからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月23日 (火)

『海の都の物語1』/塩野七生

今年の読書計画のひとつに、塩野七生さんの『ローマ人の物語』の読破をあげているのだけれど、30巻を越える大作に取り掛かるその前に、『海の都の物語』を読むことにした。

「ヴェネツィア共和国の一千年」とサブタイトルが付いた『海の都の物語』は、海洋都市として海に生きたヴェネツィア共和国の一千年に及ぶ壮大な興亡史を描いた作品で、『ローマ人の物語』とともに、塩野七生さんの代表作だ。

文庫本で全6巻からなるが、まずは『海の都の物語1』を読んだ。

P1080814

ローマ帝国滅亡後、他国の侵略が絶えないイタリア半島において、なぜヴェネツィア共和国だけが、一千年もの長きにわたって自由と独立を守り、繁栄を続けることができたのか。それがまさに『海の都の物語』で塩野七生さんが描こうとしたテーマだと思うが、第1巻では、ヴェネツィア共和国の誕生と、海への旅立ちが描かれる。

西暦452年、蛮族の侵略から逃れるため、アドリア海北部の潟(ラグーナ)に逃げ込んだヴェネツィア人たちは、沼地に無数の杭を打ち込んで地盤を造り、運河を造り、家や教会を建て、共和国を作った。

海の上に造られた都市ヴェネツィア共和国は、食料も資源もなく、交易で生きていくことを決意し、海へと旅立っていく。というよりは、海の上に造られたヴェネツィア共和国が生き残っていくためには、そうするより他に選択肢はなかった。

海に生きることを決め、海へ旅立っていったヴェネツィア人たちは、時代の大きな流れの中で、徹底したリアリストとして、徹底したエコノミストとして、共和国の利益を最優先に追求し、東地中海の商業要地を連鎖的につないだ「海の高速道路」を完成させ、共和国一千年の土台を作り上げていく。

塩野七生さんは、そのあたりの歴史のうねり、躍動する人々を実に生き生きと描いていて、いつものことながら、読みすすめるときのワクワク感がたまらない。徹底した歴史検証と卓越した歴史観に基づく歴史ロマン。これぞまさしく塩野作品の醍醐味だ。

共和国を造り、海へと旅立ち、繁栄の基盤を整えたヴェネツィア人たちが、いったいこれからどうなっていくのか、2巻以降が楽しみだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)