旅行記

2008年10月 9日 (木)

ジョン・レノン誕生日

今日、10月9日はジョン・レノンの誕生日だ。1940年生まれだから、生きていたら68歳になる。68歳のジョン・レノン。ちょっと想像がつかない。僕たちにとってジョン・レノンは永遠に40歳で止まったままだ。

で、ジョン・レノン、ビートルズといえば、生まれ故郷はイギリスのリバプールだ。僕は、もう5年前になるけれど、家族でイギリスへ旅行したとき、滞在先のロンドンからリバプールへ日帰りで訪れた。ロンドンのユーストン駅からブリティッシュ・レイルウェイに乗って2時間30分ほどでリバプールのライム・ストリート駅に到着。駅から街に降り立って眺めるリバプールの街は、世界中のどこにでもあるような港町だ。こんな小さな街で、ビートルズの4人、いやもっとはっきり言えば、ジョン・レノンとポール・マッカートニーという二人の天才が同じ時代に生まれ、出会い、いっしょに音楽を作ったということは、まさに奇跡と言うほかない。リバプールの青空を見上げながら、僕はそんなふうに思った。

ロンドンの北西300kmに位置するリバプールは人口44万人の港町だ。リバプールがイギリス有数の都市になったのは18世紀、産業革命の時代にアメリカや西インド諸島との貿易港として栄えたことによる。街には当時の繁栄をしのぶ歴史ある建物や港湾施設が今も残り、2004年には世界遺産に登録された。

そして、20世紀になり、リバプールの名前を永久不滅のものにしたのが、ビートルズの登場だ。かつて大英帝国の繁栄を担った貿易港だった街は、今や、ビートルズを生んだ街として世界中に知られることとなった。

ビートルズ大好き人間の僕は、リバプールを訪れ、デビュー前の彼らがライブ演奏をおこなっていたキャバーン・クラブ、マシュー・ストリート、アルバート・ドックのビートルズ・ストーリー、そして、4人の生家や4人にちなんだ場所を巡るバスツアーに参加し、ビートルズ巡礼をした。それは、ファンにとってはたまらなく魅力的なもので、貴重な体験だった。リバプールという街は、僕にとってとても素晴らしい思い出のある街となった。

そんなリバプールが、先日、NHKテレビの「世界遺産の旅」という番組で、紹介されていたので見てみた。かつての貿易港としての繁栄、ビートルズの故郷として紹介されるものと思いながら見ていると、そういう明るい面だけでなく、暗い面も紹介され、僕はその内容に衝撃を受けた。

18世紀、リバプールが貿易港として栄華を極めていた時代、最も重要な商品は奴隷だった。リバプールを出発した貿易船は、アフリカ大陸で黒人奴隷を船に乗せ、西インド諸島に運び、代わりに砂糖や木綿を手に入れて大英帝国に持ち帰った。当時、全ヨーロッパの奴隷交易の4割をリバプールが占めていたという。まさに奴隷貿易によって繁栄した街、それがリバプールなのだ。

さらに、19世紀にはアイルランドを襲った飢饉から逃げ出すように、対岸のリバプールに大量のアイルランド人が流れ込んできた。衣食住もままならないアイルランド系移民が、100年前にはリバプール人口の半分を占めていたといい、現在でも1/3のその子孫たちが占めているとのことだ。

海商都市としての繁栄の歴史、ビートルズの生まれた街、そういう光の部分とともに、奴隷貿易の街、貧しい移民の街という影の部分。僕は今まで光の部分しか知らなかったけれど、影の部分も知ることができてとても良かったと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年5月19日 (月)

屋久島の写真公開しました

屋久島旅行へ行ってから今日でちょうど2ヶ月になる。本当に早いものだ。縄文杉をはじめとする屋久杉や、美しくて雄大な屋久島の自然のインパクトがあまりにも強烈で、今も鮮明に残っているために、つい先日のことのような気がしているのに。

2ヶ月が過ぎたということで、遅ればせながら屋久島の写真を公開しました。屋久杉の圧倒的な存在感や屋久島の自然の美しさは、実際に行って自分自身の目で見て、自分自身の肌で感じることがいちばんだけど、つたない写真でも見ていただいて、少しでも屋久島の魅力を味わっていただけたらと思います。

僕たちが屋久島旅行へ行ったのは3月下旬。ちょうど新緑が出始めた頃だったけれど、今頃はきっともう緑がまぶしい季節になっているんじゃないだろうか。いつかまた行ってみたいものだ。

P1050230 P1050292 P1050678 P1050879

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 2日 (水)

屋久島旅行記④

<屋久島旅行4日目:平成20年3月23日(日) 雨>

屋久島旅行もいよいよ最終日。朝6時30分起床。外を見ると天気予報どおりの雨。1ヶ月に35日雨が降ると言われる屋久島に来て4日目にして初めての雨なのだから本当にラッキーというしかない。しかも、今日はもう登山ではなく、おみやげを買って滝を見に行くだけなので、多少の雨なら支障はない。

ホテルで最後の朝食を食べ、荷造りを終え、8時にホテルをチェックアウト。車で宮之浦にある屋久島観光センターのおみやげ市場とそのすぐ隣にある屋久島ふるさと市場に行き、おみやげを買う。屋久杉の箸や、昨夜ホテルで食べておいしかったさば節、おかし類を買った。

その後、「大川の滝(おおこのたき)」へと向かう。島の南西部にある「大川の滝」までは、宮之浦から車で1時間半ほどかかる。朝から降っていた雨は小降りで、降ったり止んだりしていたが、安房を過ぎたあたりからかなりの大降りとなり、時にはワイパーを最速にしなければならないくらい激しく降るときもあった。

それでも「大川の滝」に到着した頃にはちょうど小降りになっていたので、傘をさして滝つぼの近くまで見に行くことができた。「大川の滝」は落差約88mと、滝が多い屋久島の中でも最大級の滝で、日本の滝100選にも選ばれている。ゴツゴツとした岩肌を多量の水が流れ落ちる姿はまさに豪快そのもの。雨の中をわざわざ見に来ただけの甲斐はある。屋久島の大自然の雄大さを改めて実感させられた。

「大川の滝」を後にして、安房へ戻る途中、予定では昨日、行くはずだった海辺の露天風呂に寄った。有名な露天風呂は「平内海中温泉」だけど、この温泉は干潮の前後数時間しか入浴できないが、ちょうど時間的に合わないため、その近くにあるもうひとつの露天風呂「湯泊温泉」に立ち寄った。

「湯泊温泉」は、湯泊の磯に湧く開放的な露天の温泉で、海辺にあるが満潮時でも入浴ができる。しかも、駐車場や更衣室まで整備されているのが魅力だ。駐車場に到着して磯の方を覗いてみたが、雨が降っているためか誰もいない。ここには足湯もあるので、足湯だけでもと思い、入浴料1人100円を払い、傘をさして磯に行ってみる。屋根つきの足湯、つい立のあるメインの露天風呂「浜湯」があり、さらに海に近い岩場には混浴の海中温泉がある。雨に濡れながら足湯に入ってみたが、お湯はちょっとぬるめだ。足湯に入っていると、温泉大好き人間の血が騒ぎ出し、どうしても露天風呂にも入らずにはおられなくなり、更衣室で裸になり、露天風呂に駆け込んだ。どうせ雨で濡れるのだから同じことだ。大雨が降っているうえに、お湯が少々ぬるいものの、ほのかな硫黄の匂いがするお湯はすべすべで気持ちがいい。そして何よりも海辺の露天風呂のこの解放感はたまらない。雨に濡れながら海辺の露天風呂を満喫した。

温泉を後にし、安房まで戻ると11時過ぎだ。安房港の近くにある「屋久どん」というレストランでちょっと早めの昼食を食べることにした。有名な屋久島うどんを食べたが、さば節がたくさん入り、出汁がよくきき、とてもおいしかった。「屋久どん」は大きなガラス窓を配したオーシャンビューの素晴らしいロケーションのレストランなのだけど、このときは大雨が降っているうえに、風もかなり強くなり、まるで激しいスコールのようだった。窓の外を眺めながらふと「トッピーは出るのだろうか」と不安がよぎったが、それが現実のものとなった。

出航1時間前の12時30分にレンタカーを返すため、その少し前に安房港へ行ったところ、乗客らしき人が一人も目につかない。おかしいなぁと思い、チケット売り場へ行くと、悪天候のため、安房港発のトッピーは欠航し、代わりに宮之浦港から出航するとのこと。すぐに宮之浦港へ向かえばまだ間に合うとのことだったので、レンタカー返却場所へと向かう。レンタカー事務所に行くと係の人が待っていて、ここで返却しなくてもいいので、そのまますぐに宮之浦港へ行ってください。車は宮之浦港に乗り捨てたのでかまいませんとのこと。お礼を言って、宮之浦港へ急ぐ。30分ほどで宮之浦港に到着。レンタカーを乗り捨て、トッピーの窓口へ行くとすでに多くの乗船客でごったがえしている。何とか間に合って、予定どおり午後1時30分発のトッピーに乗船することができた。

屋久島から鹿児島までのトッピー船内、鹿児島から小倉までのJR車内はひたすら眠り続けた。やはり疲れ果てていたのだ。午後9時55分小倉港発の関西汽船に乗り、お風呂に入りすぐに爆睡、翌24日の午前5時に松山観光港着、6時前に自宅へ戻り、今回の屋久島旅行は無事に終了した。

P1060003 P1060016 P1060026

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2008年3月31日 (月)

屋久島旅行記③

<屋久島旅行3日目:平成20年3月22日(土) 晴れ>

屋久島旅行3日目は、昨日の縄文杉登山に引き続き、屋久島のもうひとつのメインコースである「白谷雲水渓(しらたにうんすいきょう)」のトレッキングだ。「白谷雲水渓」は、映画「もののけ姫」のイメージの元になったことで知られる「もののけ姫の森」が有名だが、屋久杉と照葉樹が混成した森林、積み重なる大岩と豊富な水が織り成す渓谷美、それらが一面のシダ類やコケ類で覆われた原生的で神秘的な森だ。

標準コースタイムは4時間とのことだけど、今回は「もののけ姫の森」からさらに「太鼓岩」まで登ることにしたので、往復6時間のコース計画を立てた。ホテルのある宮之浦側にあり、入り口まで車で30分ほどとのことなので、朝も少しゆったりめの計画にした。

午前6時起床。今日も見事な晴天だ。ホテルで朝食を食べ、7時45分ホテル発。昨夜、電話で予約を入れておいた「島むすび」で島むすび弁当(600円)を購入。2段になった立派な弁当だ。そのまま引き返し山道を「白谷雲水渓」へと向かう。午前8時過ぎに到着。

トイレを済ませ、軽く準備体操をして「白谷雲水渓」へ入る。入り口にある管理棟で協力金300円を支払いパンフレットをもらう。係の人にどこまで行く予定かと聞かれたので、太鼓岩までだと答えると、今日は午後から曇りの予報なので、太鼓岩まで登るのならまずこのまま直行し、帰りにいろいろな場所を見るようにした方がいいとのアドヴァイスをもらったので、そのとおりに予定を変更して太鼓岩をめざす。

「白谷雲水渓」に入るとまず、白谷川沿いの大岩の上を登っていく。岩の間を流れる急流を眺めながら進んでいくと「さつき吊橋」に出る。これを渡って白谷川の対岸に行くと楠川歩道に入る。緑が美しい森の中をアップ・ダウンしながら進む。ところどころで沢を渡る。大自然の中を歩くのはとても気分がいい。そのまま進んでいくと「白谷小屋」へ到着。トイレ休憩をとる。たくさんの人たちが休憩していた。

しばらく休憩し、「もののけ姫の森」をめざす。上り坂が続きけっこうキツい。20分ほどで「もののけ姫の森」に到着。たくさんの人たちで賑わっている。木々も岩も一面がまさにモスグリーンの幻想的な世界だ。苔むした岩や木々を眺めていると、もののけたちのイメージが湧き起こってくる。とってもイマジネイティブな雰囲気に満ちた空間だ。

団体さんたちの多くはここで引き返していたが、僕たちはさらに先へと進み、30分ほどで辻峠に到着。ここまでの道は途中にたくさんの見所があるが、登り道がずっと続いてなかなかハードだ。辻峠で3人分ザックをひとつにまとめ、残りの2つのザックは辻峠に置いておき、「太鼓岩」をめざす。

辻峠から「太鼓岩」まではかなり急峻な登山道だ。枝にマークされたテープを目印に、一歩一歩登っていく。かなりハードだ。15分ほどで「太鼓岩」に到着。「太鼓岩」の上に立つと圧倒的な視界が開ける。残念ながら、すでに雲がかかっていて、山々の山頂は見えない。それでもこの高度感と解放感は本当に素晴らしい。ここまで苦労して登ってきた甲斐があるってもんだ。しばらく休憩し景色を楽しんでいたが、次々に人々が登ってくるので、30分ほどで「太鼓岩」を後にする。

辻峠に下り、弁当を食べる。島むすび弁当はボリュームもあるし、とてもおいしかった。20分ほど休憩し、下山開始。白谷小屋までには来た道をそのまま引き返す。白谷小屋でトイレ休憩を取った後、今度は来た道とは違う原生林歩道を歩いた。原生林歩道は急なアップダウンの続くけっこうハードなコースだけど、苔むす石や美しい清流、二代くぐり杉、奉行杉、二代大杉などの屋久杉と見所も多く、何ヶ所も足を止めシャッターを押しながら時間をかけて歩いた。

「さつき吊橋」まで戻ってきたので、今度は弥生杉歩道に入り、「弥生杉」をめざす。緑の木々が美しい樹林のなかを歩き、木製階段を登りきったところで「弥生杉」とご対面。推定樹齢3000年、樹高26m、胸高周囲8.1mの巨大な屋久杉で、縄文杉や紀元杉とともに「森の巨人たち」とも呼ばれている。「弥生杉」も根っこの部分が踏まれ、木の勢いが弱ってきているとのことだけど、デッキの上から縄文杉よりは近くで見ることが可能で、その圧倒的な存在感は格別だ。デッキの上に寝転んで、見上げた「弥生杉」からはやはり悠久の時の流れの中でそこに在り続けたものの神々しさが感じられた。

「弥生杉」を後にして「白谷雲水渓」の管理棟に戻ってきたのが午後3時30分。予定より1時間30分近く遅れ、結局、「白谷雲水渓」に7時間もいたことになる。アップダウンのあるコースがけっこうキツかったうえに、昨日の縄文杉登山の疲れが足に残っており、また、美しく神秘的な原生の森の景色を何度も何度も足を止めて見ていたため、予想外に時間がかかった。

「白谷雲水渓」を出ると、安房方面へと向かい、「千尋(せんぴろ)の滝」と「トローキの滝」を見に行った。水の島としても知られている屋久島には有名な大滝がいくつもあるが、「千尋の滝」、「トローキの滝」ともにとても素晴らしい眺めの滝だ。特に、巨大な一枚岩の岩盤を流れ落ちる「千尋の滝」には圧倒された。滝を見終わるとホテルへ戻り、夕食のあと、風呂へ入り、帰り支度をして熟睡した。

P1050515 P1050528 P1050573 P1050615 P1050627 P1050643 P1050657 P1050661 P1050670 P1050672 P1050676 P1050708 P1050734 P1050844 P1050816 P1050878 P1050884 P1050886 P1050919 P1050926

(本日の実登山時間:4時間38分 歩数:18,910歩)

ホテル「田代別館」発7:40→「白谷雲水渓」入り口8:10着~8:25発→「さつき吊橋」9:00→「白谷小屋」9:50着~10:00発→「もののけ姫の森」10:20着~10:25発→「辻峠」10:50→「太鼓岩」11:05着~11:25発→「辻峠」11:40着~昼食~12:05発→「もののけ姫の森」12:30着~12:35発→「白谷小屋」12:40着~12:48発→「二代くぐり杉」13:10→「奉行杉」13:44→「三本槍杉」14:00→「さつき吊橋」14:45→「弥生杉」15:00着~15:10発→「白谷雲水渓」入り口15:30着~15:50発→「千尋の滝」17:20着~17:50発→「トローキの滝」18:00着~18:30発→ホテル着19:10

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月30日 (日)

屋久島旅行記②

<屋久島2日目:平成20年3月21日(金) 晴れ>

午前3時20分起床。屋久島2日目は、今回の旅行のメイン・イヴェントともいうべき縄文杉登山だ。ホテル内ではすでに物音がしていて、僕たちよりも先に起床した人たちも多いみたいだ。昨夜、荷物の準備は済ませておいたので、身支度だけを済ませホテルのフロントへ。すでに20人くらいの人たちが集まっていた。昨日、朝食を弁当に代えてもらうようにお願いしておいたので、3人分の弁当を受取り、午前4時にホテルを出発。

外はまだ真っ暗だ。幸いなことに、同じホテルから車が2台出発したので僕はその後を着いて走った。宮之浦から安房までは道路もよくて走りやすいが、安房からの山道は真っ暗なうえにカーブが多く走りづらいが、先行車の後を走れるのはとても助かった。丸い月が西の空で明るく輝いていて、今日もいい天気に違いない。

途中までは昨日行ったヤクスギランドへの道路と同じだ。40分ほど走ると、荒川三叉路に到着、右折して荒川登山口へ向かう。さらに狭くカーブが多い林道を15分ほど走ると荒川登山口に到着した。荒川登山口には駐車スペースが20台ほどしかないので、早めに到着しないと路上駐車をしなければならなくなると聞いていたが、何とまだ午前5時前だというのにすでに路上駐車しなければならない状態になっていて、誘導員が駐車スペースに誘導してくれた。あたりはまだ真っ暗闇だけど、すでにたくさんの人たちであふれかえっていて、荷物を整理したり、準備体操をしたり、朝食を食べたりしている。僕たちは、車内で昨夜、朝食用に買っておいたパンを食べ、出発に向け準備を整えた。出発前にトイレに行くと、たくさんの人たちが並んでいてかなり待たなければならなかった。

午前5時30分、登山開始。まわりはまだ真っ暗闇だ。ヘッドランプの明かりを頼りに登山口へと向かう。すでに多くの人たちが歩いているので、その集団の後をついて歩く。まずはほぼ平坦なトロッコ軌道上を約7kmほど歩くことになる。歩き始めてすぐに鉄橋を渡るが、まわりが真っ暗なので恐怖心はない。ガイドツアーの団体さんが何組か道を譲ってくれ、僕たちが集団の先頭を歩くこともあったが、しばらく歩くと前を行く集団に追いついた。そんなことを繰り返しながら30分ほど歩き、午前6時頃になると夜が明けてきて、少しずつ明るくなりはじめた。

Cimg5752

午前6時15分に小杉谷小学校跡に到着。ここはかつて屋久杉伐採に従事した人たちが住んでいた集落の跡地で、最盛期には133世帯540人が住んでいたというが、屋久杉の伐採が禁止されてからは閉鎖され、広い小学校跡地は往時の暮らしぶりがしのばれる。ここで5分ほど小休止。たくさんの人たちがここで朝食を食べていた。

午前6時30分頃にはすっかり明るくなり、鳥のさえずりが聞こえるようになってきた。空を見上げると晴天、今日もきっと素晴らしくいい天気になることだろう。明るくなったので、まわりの景色を楽しみながらトロッコ軌道をひたすら歩き続ける。楠川分れの手前に、新しくトイレが設置されていたので、ここでトイレ休憩。その後も歩き続け、予定より10分ほど早く、午前7時50分過ぎに大株歩道入り口に到着した。2時間20分ほどで7kmのトロッコ軌道を歩いたことになる。いいペースだ。

Cimg5753 P1050382 P1050378 P1050226

大株歩道入り口にはきれいなトイレが整備されていて、ここで小休止。座る場所もないくらいたくさんの人たちでごった返していたが、ここから先は本格的な登山道となるので、水分を補給し、軽食を食べた。

午前8時過ぎに大株歩道へ入る。いきなり急峻な坂道が出迎えてくれる。登山道に入るとさすがに人々のペースも遅くなり、なかなか自分たちのペースで登れなくなる。道を譲ったり、譲られたりしながら登り続けると、30分ほどで「翁杉」に到着。先を急ぐことにし、そのまま通り過ごし、5分ほどで有名な「ウィルソン株」に到着した。

「ウィルソン株」は300~400年前に切り倒された巨大な屋久杉の切り株で、推定樹齢は2000年、胸高周囲は13.8m、切り株の内部が巨大な空洞になっていて入ることができる。中に入ってみると、株の中とは思えないほどの広いスペースで、内部には泉が湧き、そのそばに祠が祭られている。巨大な屋久杉の切り株の中という特別な場所は、何だかとても厳かな雰囲気が漂っていた。

P1050364 P1050350 P1050370

「ウィルソン株」で10分ほど休憩した後、再び登り始める。ここから先はさらに急峻な登山道が続き、ハードな道のりになるとのことで、ここにザックを置き、身軽になって登る人たちもたくさんいた。僕たちはザックの中に昼食用の弁当を入れているので、そのまま背負って登った。急峻な登り道には木の階段が設けられているのだけど、これを登るのがとてもキツい。我慢しながら一歩一歩登り続ける。

30分余りで「大王杉」に到着。さすがにキツかったので、ここで10分ほど休憩。青空に向かって真っ直ぐに伸びる「大王杉」の雄姿を眺めながらたくさん水を飲む。ここまで来れば「縄文杉」ももう少し。あと30分ほどの距離だ。

P1050245 P1050253

再び登り始め、5分ほどで「夫婦杉」を通り過ぎ、最後の急で長い木製階段を登りきると目の前には「縄文杉」が!樹齢は7200年とも言われ、樹高25.3m、胸高周囲16.4mのその巨大な「縄文杉」は、圧倒的な存在感と神々しいまでの雰囲気をまわりに漂わせ、ただそこに存在していた。7200年という気が遠くなるような長い時間、ただそこに「在り続けた」「縄文杉」からは、7200年分の時の重さがひしひしと伝わってきて、何ともいえない緊迫感が僕の心に迫ってきた。やがてそれは大きな心の震えとなり、圧倒的な感激と感動で僕の心と全身が包まれた。それは一生のうちにそう何度も味わうことのできない素晴らしい体験だった。荒川登山口から片道10km、苦しい山道を4時間30分をかけて歩いて来た者だけが味わうことのできる素晴らしい経験だった。

P1050259 P1050278 P1050275 P1050284

「縄文杉」は人々が根っこを踏まないように木製のデッキが設けられているが、そのデッキの上はとてもたくさんの人たちであふれていて、まるでどこかの観光地のようだ。しかも、次々と後続者がやって来ている。いつまでもデッキの上を占拠しているわけにもいかないので、「縄文杉」からさらに奥にある「高塚小屋」へと進む。10分ほどで到着。

P1050283

「高塚小屋」は無人の避難小屋で、その周辺はちょっとした平地になっているので、ここで昼食の弁当を食べた。ホテルで朝食に代えてもらった弁当は、早朝弁当屋「島むすび」の弁当で、お腹が減っていたのでとてもおいしかった。ここで30分ほど休憩、トイレも済ませ午前10時40分過ぎに下山開始。予定よりも50分ほど早いペースだ。

もう一度「縄文杉」にご対面。デッキの上は、先ほどよりもさらに多くの人たちで賑わっている。その多くは、ガイドツアーの団体さんたちだ。ガイドさんたちが、今日の登山者は記録的な大人数だと話しているのが聞こえた。人々の間を縫って、デッキの最先端でもう一度「縄文杉」を見た。何度見ても圧倒的な姿だ。たぶん、もう二度と対面することはないだろうと思いながら、心の中で「いつまでもお元気で!さようなら」と話しかけて、「縄文杉」を後にした。

降り道は登りよりは楽だけど、続々と登って来る人たちに道を譲るため、なかなか思うように進めない。ザックは軽くなっているけれど、体の疲労はたまってきている。登りときは先を急いでどんどん登ってきたのだけど、下りるときは途中で足を止めて何枚も写真を撮影した。「ウィルソン株」で30分ほど休憩し、大株歩道入り口には午後1時30分過ぎに到着した。下山開始は予定より50分ほど早かったにもかかわらず、大株歩道入り口に帰ってきたのは予定より5分ほど遅くなっていた。ここから先はまた長いトロッコ軌道の始まりだ。その前にここで20分ほど休憩し、水分補給や行動食を食べて元気を奮い立たせた。

帰り道のトロッコ軌道の7kmはほんとうにしんどかった。何ヶ所かきれいな景色に足を止めシャッターを押したが、それ以外は単調なトロッコ軌道が続くだけ。歩いても歩いてもトロッコ軌道が続いた。それでもただひたすら歩き続け、午後4時30分、ようやく荒川登山口に無事帰還した。出発から11時間、長い長い道のりだった。路上駐車していた車のほとんどはもうすでにいなくなっていた。どうやら僕たちはかなり遅いペースで帰ってきたようだ。しかし、往復20km、11時間の縄文杉登山を終えて、体は疲れきったけれど、大きな達成感と満足感を味わうことができた。

荷物を片付けて車でホテルに戻り、お風呂の後に夕食。今日もとても豪華でおいしい食事に大満足。疲れていたので午後10時には熟睡した。

P1050436 P1050499 P1050488 P1050375

(本日の実登山時間:8時間43分  歩数:39,662歩)

ホテル「田代別館」発4:00→「荒川登山口」5:00到着~5:30発→「小杉谷学校跡」6:15着~6:20発→「楠川分れ」6:50→「大株歩道入り口」7:53着~8:06発→「翁杉」8:22→「ウィルソン株」8:29着~8:38発→「大王杉」9:15着~9:27発→「縄文杉」9:55着~10:05発→「高塚小屋」10:15着~昼食~10:44発→「縄文杉」10:55着~11:05発→「大王杉」11:57→「ウィルソン株」11:48着~13:12発→「大株歩道入り口」13:39着~13:55発→「楠川分れ」15:05→「小杉谷学校跡」15:30着~15:45発→「荒川登山口」16:38着~16:50発→ホテル「田代別館」18:00着

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月29日 (土)

屋久島旅行記①

年度末で何かと忙しく、なかなか記事を更新できなかったのだけど、今日は久しぶりに更新します。

3月19日から24日まで、僕と僕の奥さん、そして小学生の息子の3人で5泊6日(うち2泊は船中泊)の屋久島旅行へ行ってきました。旅行から帰ってからというものずっとあわただしい日が続いたので、何だかずっと以前の出来事のような気もするが、今思い出してもとても素晴らしい旅行だった。

そこで、今日から何回かにわたって今回の屋久島旅行記を書いてみようと思う。まずは第1日目から。

<屋久島旅行1日目:平成20年3月20日(木)>

3月19日の午後9時55分発、松山から小倉行きの関西汽船に乗船。大学生たちはもう春休みが始まっているからか、あるいは明日から連休という人が多いからか、船はかなりたくさんの人たちが乗っている。翌朝が早いため、風呂に入って早々と眠った。

翌20日、午前4時過ぎに船内放送で目が覚める。午前5時に小倉港着。船内で前日に買っておいたおにぎりの朝食を食べた。その後、下船しJR小倉駅までタクシーに乗る。小倉駅からリレーつばめ、新幹線つばめを乗り継ぎ、9時20分に鹿児島中央駅に到着。タクシーで鹿児島港へ移動し、10時20分発の高速船トッピーで屋久島へ向かう。トッピーはほぼ満席状態だ。この便は種子島を経由する便だったため乗船時間は2時間40分もかかった。時間が長かったうえに、海が荒れていて揺れがけっこう強かった。僕と子供は船中で鹿児島中央駅で買った駅弁を食べたのだけど、僕の奥さんは船酔いのため昼食は食べられなかった。

予定どおり午後1時に屋久島の安房港に到着。屋久島の地に立つ。昨日までの雨は止み、暖かい晴天だ。レンタカー会社の人が出迎えに来てくれていて、事務所までレンタカーを受取りに行く。レンタカーはトヨタのヴィッツ、小型でとても運転しやすく、屋久島の山中の狭い道路でも取り扱いやすくて助かった。レンタカーを借りるとそのまますぐに安房から「ヤクスギランド」へ向かった。

「ヤクスギランド」は安房から西へ16kmほど山中に入った標高1,000m前後の場所にあり、歩道が整備され屋久島の森や屋久杉を手軽に散策できるスポットだ。明日の縄文杉登山に向けたエクササイズを兼ねて、まずはこの「ヤクスギランド」で屋久杉に対面することにしたのだ。30分コース、50分コース、80分コース、150分コースが整備されているが、時間の都合で50分コースを散策することにした。

道路沿いの駐車場に車を停め、登山靴に履き替え、入り口で協力金300円を払い、ヤクスギランドに入る。観光バスで来た団体さんたちと一緒になったので、途中まではガイドさんの説明を横で聞きながら同行させてもらった。

ヤクスギランドに入って最初に対面する屋久杉が「千年杉」だ。そもそも屋久杉とは、屋久島の標高500m以上の山地に自生するスギのうち、樹齢1000年以上のものだそうで、樹齢1000年未満のものは小杉と呼ばれるとのこと。「千年杉」は樹齢が1000年以上ではあるが、詳しい樹齢は不明、また、樹高や周囲長も未計測だそうだ。初めて目の当たりにした屋久杉は、青空に向かってまっすぐに伸びた姿に、何だかとても厳かなものを感じさせられた。

荒川橋のたもとを左折して、緑の森の中をしばらく進むと「仏陀杉」に到着。太い幹にたくさんのコブが隆起した姿が仏陀の顔に見えることから「仏陀杉」と呼ばれるこの縄文杉は、推定樹齢1800年、樹高21.5m、胸高周囲8mの巨木で、その幹の姿がとても印象的だ。根が踏みつけられないように木の前にデッキが設けられているが、仏陀杉の内部は空洞化が進み、衰えてきているとのこと。

美しい谷や木漏れ日が美しい緑の森を眺めながら歩を進め、「双子杉」や「くぐり杉」に対面し、出口に出た。ゆっくりと歩き、何度も立ち止まって写真を撮影したりしながら散策したため、50分コースを歩くのに結局70分以上もかかった。まっ、初めての屋久杉とのご対面はそのくらい感動、感激が大きかったってことだ。

ヤクスギランドからホテルへと向かう。ホテルは宮之浦にある「田代別館」、ヤクスギランドからだと車で1時間ちょっとかかる。途中、ナカガワスポーツというお店でレインスーツをレンタルした。午後6時前にホテルに到着。お風呂に入った後、夕食を食べる。今回の旅行は登山がメインなので、ホテルは寝るだけと思っていたのだけど、地元の食材を使った夕食はなかなか豪華でとてもおいしかった。特に揚げ立てを食べさせてもらった「とびうおのつけあげ(さつま揚げ)」はとてもおいしかった。

明朝は3時過ぎに起床するため、夕食後、準備を整えると午後9時過ぎに就寝した。

P1050151 P1050158 Cimg5734 P1050159 P1050160 P1050167 P1050178 P1050183 P1050191 P1050193 P1050194 P1050206 P1050211 P1050219_2 P1050220 P1050221

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 1日 (水)

中欧旅行記<エピローグ>

「音楽と絵画と世界遺産の街をめぐる旅」ウィーン、プラハ、ブダペストという3つの古都をめぐった今回の中欧旅行を僕はこう総括したいと思う。少年の頃から大好きだった偉大な音楽家たちの足跡をたどり、オペラやコンサートで素晴らしい音楽を楽しみ、1000年以上の歴史を有する古くて美しい世界遺産の街を見て歩き、その上に、大好きなミュシャやクリムトの絵画を見ることもでき、感激と感動の連続で、まさに夢のような素晴らしい旅だった。

僕の旅の基本スタイルは、「すべて自分で組み立て、自分の足で歩いて回る」というものだけど、今回の旅もまさにそういう旅だった。いわゆるパッケージツアーにはパッケージツアーならではの良さがあると思う。出発前の段取りやいろいろな手配が不要だし、また現地での移動や観光なども楽で簡単だ。個人旅行だとそうはいかない。全部が自分の自由であるかわりに、出発前の旅行計画から段取りや手配などもすべて自分でやらなければならない。そして現地での移動や観光、トラブル対応まですべて自分でやらなければならない。こうした自分でやらなければならないことというのは時間や手間、労力がかかってなかなか大変だ。しかし、そういうところがあるからこそ僕は、個人旅行にパッケージツアーにはない楽しみやおもしろさ、魅力を感じるのだ。そして、旅行がほぼ自分が思い描いていたように終わったときに感じる大きな喜びや達成感、安堵感。それが僕にとって個人旅行の最大の魅力かもしれない。

最後に、今回の旅行で僕が買ってきておみやげを紹介したいと思う。まずはウィーンの「ザッハー・トルテ」。ホテル・ザッハーでオリジナルのザッハー・トルテを食べた後、店内で売っているお土産用のザッハー・トルテを買った。お土産用のザッハー・トルテは常温でも2週間程度は日持ちするとのことなので、日本への持ち帰りも可能だ。立派な木箱に入っているので型崩れの心配もない。さすがに僕はスーツケースには入れず、手荷物として飛行機に持ち込んだけど。トルテの大きさも大から小まで4種類あり、渡す先に応じて買うことができてちょうどいい。

P1030185 P1030190 P1030261

それから、ウィーンのおみやげの定番といえば「モーツァルト・クーゲルン」。ピスタチオ風味のマジパンが入ったチョコ菓子で、ウィーン中どこへ行っても売っていた。ブダペストでは「フォアグラ」と「PICKのサラミソーセージ」、「トカイ・ワイン」のハンガリー名物を3品。

P1030172 P1030178_2 P1030181 P1030177

自分のためのおみやげ。僕はいつも買うものを決めていて、それはマグカップと美術館の気に入った絵画の絵はがきだ。今回は、モーツァルト・ハウスで売っていたモーツァルトの自筆譜(有名な「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」のもの)がデザインされたマグカップと、ミュシャとクリムトの絵はがきを買った。

Cimg4196 P1030254 P1030260

それからそれから忘れてはならないのはプラハで買ったチェコの「ピルスナー・ビール」とブダペストで買った「グヤーシュの缶詰」。これらは残念ながらブダペストとアムステルダムの空港で没収されてしまい「まぼろしのおみやげ」となってしまった(詳細は「中欧旅行記<帰国>を見てください」)。

以上、今回の中欧旅行はいつまでも忘れることのできない素敵な想い出がいっぱい詰まった素晴らしい旅行でした。行って本当によかったと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年7月30日 (月)

中欧旅行記<帰国>

7月18日(水) 天気 はれ

今回の旅行もいよいよ大詰め、あとは日本へ帰国するだけだ。しかし、ここで気を抜いてはいけない。自宅までちゃんと無事到着するまでが旅行なのだ。

6時30分起床。朝食を食べ、最後の荷造りをして午前8時30分にホテルをチェックアウト。昨日、ホテルのフロントに迎えの予約を頼んでおいたエアポート・ミニバスは予約の時間よりも3分ほど前にホテル前に到着していて、フロントまで運転手が迎えに来てくれる。なかなか時間通りにならない海外の交通機関だけど、このエアポート・ミニバスの3分前到着には感心。僕の前にどこかのホテルですでに3人ほどお客を乗せていた。そのまま空港へ向かい、午前9時にはフェリヘジ空港に到着。

フェリヘジ空港はターミナルAとターミナルBのふたつがあり、僕が降りたのはターミナルAの方だったけど、このふたつのターミナルはすごく離れていて歩いての移動はちょっと難しそうだ。余裕をもってホテルを出発したのだけど、午前11時50分発の便に乗るにしてはちょっと早すぎた。僕が乗るのはKLMとマレブ・ハンガリー航空の共同運航便だけど、チェックインは出発の約2時間前に案内表示するので、それまで待ってくれと言われる。1時間ほど待っても案内表示はない。10時過ぎになってやっと案内があり指定の番号のカウンターへ行くとすでに長蛇の列。仕方なく並んで待つがこれがなかなか進まない。

ようやく僕の順番になったと思ったらここでトラブル発生。なんと預けようとしたスーツケースの重量が制限をオーバーしているという。僕のスーツケースの重量は27キロで、ひとり当たりの荷物の重量は20キロまでなのだと言う。よく見てみるとたしかにe-チケットには手荷物20キロと書かれていた。でもまったく重量のことなんて考えもしなかった。マレブ・ハンガリー航空のカウンターの女性に、「何とかお願いします」と頼み込むも、ダメだという返事。「何とか」って食い下がったけどどうしてもダメだった。困った僕は、「ではどうすればいいんですか」と聞いたところ、「じゃあ、23キロまでは認めるので、あと4キロだけスーツケースの重量を減らしてください。減らした荷物は手荷物としてご自分で機内に持ち込むのならかまいません」とのこと。さっそくカウンターを離れ、ロビーの片隅でスーツケースを開く。言われた最初から重い荷物はわかっていた。おみやげとして買ったチェコのピルスナー・ビール缶6本パックと、ハンガリーの「グヤーシュ」の缶詰5個だ。これだけで4キロはあるはずだ。仕方なくこれらをリュックに詰めて背負うことに。もともとリュックに詰めていたザッハー・トルテやマグカップなどは袋に移し変えて手で持つことに。もう一度列に並び直し、さっきの女性に「重量を減らしたので、これでOKかな」って言うと、重量を測りながら「OK」との返事。ようやくチェックイン完了。

チェックインに思わぬ時間を取られてしまったために、ここから先が時間がない。急がねばならない。まずハンガリーの出国。これはままスムーズに終える。次に、残ったフォリントでみやげものを買う。次に、搭乗便への手荷物検査。ここでまたトラブル発生。手荷物検査の際、リュックがひっかかったのだ。中身を見せるように言われリュックの中身をすべて出すと、ビール缶がダメだと言われる。「なぜ?」って聞くと、「水の量が多いからだ」とのこと。「6本パックがダメなら2,3本ならいいですか?」と聞いてみたが、「1本、1本の水分量が多すぎる」とのことで、結局、缶ビール6本とも没収されてしまった。「グヤーシュ」の缶詰については「OK」とのことで、そのままリュックに入れて背負った。そもそもイギリスで発生した航空機テロ未遂事件の影響で、ヨーロッパでは航空機への水の持込が厳重に制限されるようになっている。ペットボトルなども全部ダメで、その場で飲みきるか、捨てるように指示される。僕もそのことは充分に知っていたのだけど、チェックイン・カウンターであせってとにかくスーツケースを4キロ軽くすることだけしか考えなかったため、手荷物検査でビールがひっかかるなんて気が回らなかったのだ。けっこう重かった缶ビールの6本パックをチェコからここまで運んできたのに、ハンガリーで没収されてしまうとは残念で仕方がない。

ブダペスト発、アムステルダム行きの飛行機は定刻どおり午前11時50分にフェリヘジ空港を出発し、午後2時にスキポール空港に到着した。マレブ・ハンガリー航空の飛行機は乗り込んでみるとちょっとびっくり。なんと僕が座ったエコノミークラスも含め全席が紺の革張りシートなのだ。で、この紺色の革張りシートといえばきっとイギリスのブリティッシュ・エアウェイのものに違いないと思っていたら、機内誌を見ていたらやっぱりそうだった。ちょっとリッチな気分を味わう。

午後2時にアムステルダム・スキポール空港に到着、今回は単なる乗換えだ。ところが乗り換えゲートの番号を確認しようと表示板を見ると、僕が乗るKLM便はすでに搭乗手続き中となっている。出発は午後3時25分なのでまだ1時間半近くもあるというのに。しかし、とにかく乗り換えゲートへ急いだ。乗り換えのためパスポート・コントロールはなし。乗り換え便搭乗口へ到着するとすでに長蛇の列ができている。日本人の団体客のようだ。並んで順番を待つ。がしかし、ここでもトラブル発生。手荷物検査でまたしてもリュックがひっかかったのだ。リュックの中身を見せると「これはダメです」と言う。さすがに今回は納得いかないので大げさに「なぜ???」って聞いてみる。すると「水だから」と言う。「そんなバカな、これは水じゃない、調理された料理の缶詰だぞ」と言うと、「これには水が入っているからダメだ」とのこと。「ちょっと待ってくれ、そんなバカなこと言われても、さっきハンガリーの手荷物検査ではOKだったんだ!」と食い下がるが、「ここはハンガリーではなく、オランダです。オランダではダメです」と言うばかり。そして「これ以上言うようなら搭乗できません」と言われては、もはやあきらめるしかない。グヤーシュの缶詰5缶とも没収されてしまった。ハンガリーでチェコのビールを没収され、オランダでハンガリーのグヤーシュを没収され、あまりにも残念で悲しい気持ちになるが、まっ仕方がない。すべて僕の認識が甘かったからに他ならない。

アムステルダム発、関西空港行きのKLM便は日本人客でほぼ満席。定刻どおり午後3時25分にスキポール空港を出発した。海外の航空会社でここまで時間通りに運行する航空会社は珍しいのではないだろうか。どうりで乗り換えの搭乗手続きを急がせるはずだ。スキポール空港の免税店で残りのユーロを使い切っておみやげを買おうと思っていたのに、急いで乗り換え場所へ移動し、手荷物検査のトラブルで時間をとられたため、そんな時間はなかった。

日本への帰国便のフライト時間は10時間45分。偏西風の影響で、日本出発便よりも1時間ほど時間が短い。フライト中はほとんど眠らずずっと起きていた。映画を3本見た。読書をした。音楽を聴いた。機内食を2回食べた。そうこうしているうちに、フライト終了時間になる。出国便よりもフライト時間がだいぶん短く感じられた。日本時間で翌日、7月19日(木)、午前9時30分、関西空港着。国内線に乗り換え、午後、無事帰宅。今回の旅行がすべて終了した。

<本日の歩数:5,317歩>

どんなに長いものであったとしても、それが旅である限りいつかは終わるときがやってくる。もしも、終わるときがやってこない旅があったとすれば、それは旅とは違う別の何かだ。それは、よく旅にたとえられる僕たちの人生についても同じことがいえる。いつか終わるときがやってくるからこそ、僕たちは旅(あるいは人生)を精一杯楽しもうとするのだ。BON VOYAGE!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月29日 (日)

中欧旅行記<ブダペスト2日目>

7月17日(火) 天気 はれ

今回の旅行もいよいよ今日で観光最終日、明日はもう帰国の途に着かなければならない。6時起床、ぐっすり眠ったのでだいぶん疲れはとれたものの旅の疲れがどんどん蓄積してきているのを感じる。歩く足取りも何となく重い。しかし、今日で最後と思うとそんなことも言ってられない。もう一度体力を振り絞って最後の一日を満喫しよう。

朝食を食べに行く。やはりコールド・ビュッフェだけど、パンやウィンナーの種類が多くておいしい。サラダも何種類かあって久しぶりに野菜を食べる。とにかくたくさん食べてお腹いっぱいになる。昨日は気付かなかったけど、朝食を食べていると日本人客も数名いた。

朝食を終えるとホテルのフロントで明日の空港までのエアポート・ミニバスを予約してもらう。帰り支度の始まりにちょっと寂しい気持ちになる。フロントの公衆電話から日本の職場に電話をしてみる。旅行中、長い休暇を取っていたが、その間もし何か急ぎの用事があればいつでも携帯電話に連絡をしてもらうようにしていたのだけど、携帯電話がバッテリー切れで連絡できなくなっているので念のため。すると日本では新潟で大震災が起きていることを知る。なんだか少し暗い気分になる。

昨日行けなかった近所のスーパーへ行き、たくさんのミネラル・ウォーターとヨーグルト、それからお土産用にハンガリーの名物料理「グヤーシュ」の缶詰を買う。グヤーシュはパプリカをたくさん使い牛肉や野菜を煮込んだスープだ。日本ではスープは「飲む」ものだけど、ドイツやハンガリーではスープは「食べる」ものなのだ。

部屋に戻り日本から持ってきた水着をリュックに詰める。8時30分、ホテル発。昨日と同じ駅のチケット売り場へ行き一日乗車券を買う。英語が通じないだろうと思い、昨日のチケットを見せながら買ったので今日はうまく買えた。昨日と同じトラムに乗り、同じく自由橋のたもとで降りる。残念ながら自由橋はちょうど改修工事中のため、その美しい姿を見ることはできない。

橋を渡り、ドナウ川のブダ側へ。橋を渡ってすぐのところにアール・ヌーボー様式の美しいホテル「ゲッレールト」がある。ホテル・ゲッレールトはその中にある「ゲッレールト温泉」で有名だ。ハンガリーは国土全体から温泉が湧き出している温泉王国だ。ブダペストにも32箇所もの温泉浴場がある。ハンガリーの人々にとっては温泉や温水プールは日常生活の一部分となっているのだ。日本人と同じように温泉が大好きな国民なのだ。そういえばハンガリーの全人口1,009万人のうち約90%を占める民族がマジャール人で、その祖先はアジアの遊牧民だ。そのためハンガリーは「いちばん西にあるアジア」とも言われている。ハンガリー人の風貌はどう見てもアジア系とは思えないが、僕たち日本人と同様、赤ん坊には蒙古斑が見られるなどアジア・モンゴル系民族の特長を有しているそうだ。そんな遺伝子が彼らの温泉好きにつながっているのかもしれない。温泉大好き人間の僕としては、やはりハンガリーへ来たからには温泉にも入らねばならぬ。そう思い、日本から水着を用意してきたのだ。