村上春樹

2012年1月17日 (火)

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』

村上春樹の最新刊『小澤征爾さんと、音楽について話をする』を読んだ。とても興味深く、おもしろい内容で、「うぅーん」とか「なるほどぉ」とか思いながら一気に読み切った。

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本のタイトルどおり、村上春樹さんが、指揮者の小澤征爾さんと音楽について話をしたことをそのまま冊子にまとめたものだ。

それは村上春樹さんが小澤征爾さんに行ったインタビューという感じではなく、ふたりが音楽について行った「対話」という感じだ。

作家でありながらクラシック音楽にも相当に造詣が深い村上春樹さんの口から発せられる言葉に、小澤征爾さんが構えることなくリラックスして返す言葉は実に生き生きとしていておもしろい。

しかも、ひとつひとつの言葉、語られる内容には重みがあり、説得力がある。

中でも僕がもっとも興味深く読んだのは、ふたりがグスタフ・マーラーの音楽について語り合った章だ。

対話の中で村上春樹さんが、小澤征爾さんは長いキャリアの中で一度もマーラーの「大地の歌」をレコーディングしていないが、是非とも聞いてみたいと言っていたが、僕もまったく同感だ。

この本を読み終わった後、無性に小澤征爾さんのCDが聞きたくなったのだ。

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2011年3月26日 (土)

『雑文集』/村上春樹 著

村上春樹の『雑文集』を読んだ。1979年のデビューから今日までの未収録の作品、未発表の文章などを著者自身が選んだまさに雑文集だけど、村上春樹という作家、人間のエッセンスが凝縮されたような実に興味深くておもしろい作品集だった。

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硬軟多種多用で雑多な文章が収録されていて、小説作品を読むよりももっとダイレクトに村上春樹にコミットできるような気がする。

中でも僕にとっては、地下鉄サリン事件の被害者たちへのインタビュー・ノンフィクションである『アンダーグラウンド』に関する3つの文章が出色だった。村上春樹というひとりの日本人作家としての「仕事」ぶりがうかがわれて強い共感を覚えた。

3月11日、東日本大震災が起こった頃に読んでいたこの本は、僕にとって特別な1冊になりそうだ。

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2011年2月 3日 (木)

「タイランド」/村上春樹

村上春樹は世界的な長編小説作家であるけれど、短編小説の名手でもある。現代文学を代表するような長編小説とともに、すぐれた多くの短編小説も書いている。

そんな中で僕がもっとも好きな短編小説は短編小説集『神の子どもたちはみな踊る』に収録されている「タイランド」という短編だ。

タイを訪れた日本人の独身中年女医が、人々の心を治療するというタイ人の老女に「あなたの身体の中には石が入っている」と言われる物語だ。奥深い滋養と魂の救済に満ちた傑作小説だと僕は思う。

この作品を読んだ直後に、ちょうど僕自身の身体の中にも石ができ(尿管結石)、人生最大の身体的激痛を経験した。その後、思うところあって、僕はひとりでタイランドへ旅行に出かけた。そうした個人的な経験もあって、「タイランド」という短編小説に対しては何か特別な思いがある。

「タイランド」の中で、次のような印象的な言葉が語られる。

「これからあなたはゆるやかに死に向かう準備をなさらなくてはなりません。これから先、生きることだけに多くの力を割いてしまうと、うまく死ぬることができなくなります。少しずつシフトを変えていかなくてはなりません。生きることと死ぬることは、ある意味では等価なのです。」

この言葉は、人生の峠を越えた僕自身にとって大きな啓示となり心に深く刻まれたのだ。

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2011年1月10日 (月)

『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』/村上春樹 著

村上春樹の長編小説『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読んだ。

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もしも誰かに村上春樹の作品の中でもっとも好きなものは何かとたずねられたら、僕は迷わず『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』と答える。そのくらい僕はこの作品が好きだし、村上春樹の全作品の中で最高傑作であると思っている。

僕が『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読んだのは今回で4回目になるが、今回も楽しみながら読み進め、読後には何ともいえない大きな感動と、静かな余韻が残った。

「世界の終わり」と「ハードボイルド・ワンダーランド」というまったく異なる場所で、ぜんぜん違う文脈で交互に語られていくふたつの物語が最後にはみごとにひとつになる。この作品の勝利は何といってもこの素晴らしいアイデアに尽きる。

そして、そのアイデアをひとつの小説世界に仕立て上げるための綿密な理論構成、600ページを越える巨大な虚構性、ストーリー・テリングのおもしろさ、個人的内面の掘り下げ、人間の魂に迫る深さ。村上春樹という作家の魅力が最大限に発揮された傑作なのだ。

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2010年12月15日 (水)

My best of 村上春樹

映画『ノルウェイの森』が封切られた。映画化そのものが大きな話題になったし、公開後の映画の評価もなかなかのようだ。僕も是非とも見に行きたいと思っている。

ところで、映画の原作である村上春樹の小説『ノルウェイの森』は、僕がもっとも多くの回数を読んだ村上作品であり、僕にとって特別な作品である。

しかし、僕がもっとも好きな村上作品というわけではない。僕が村上作品の中でもっとも好きで、最高作と評価しているのは『ノルウェイの森』ではなくて、その前に書かれた『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』なのだ。

ということで、映画を見る前に、先月、『ノルウェイの森』を読み返したのに引き続き、これから『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読み返そうと思う。

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2010年11月 7日 (日)

『ノルウェイの森』/村上春樹

いよいよ来月、映画『ノルウェイの森』が公開される。僕は観に行くつもりだけど、その前に原作、村上春樹の小説『ノルウェイの森』を読み返してみようと思い、この週末の2日間で集中して読んだ。

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読み終えたばかりの今、僕は「感動」としか言いようのない圧倒的なパワーで心がいっぱいになっている。

僕が初めて『ノルウェイの森』を読んだのは、同書が発売された直後、1987年9月だった。空前のベストセラーとなり、社会現象が起こる前のことだったけれど、読み終えた僕はそれこそ自分自身の価値観、考え方や生き方が180度方向転換してしまうくらいとてつもなく大きな衝撃を受けた。

以来、僕は『ノルウェイの森』を5回読み、今回で6回目となった。後にも先にも僕の人生にこれほど大きな影響を及ぼした小説は他にはないし、これほど何度も読み返した小説もない。村上春樹の小説の中で僕がもっとも好きな作品は『ノルウェイの森』ではないけれど、『ノルウェイの森』は僕自身にとってまさに「生涯の作品」なのだ。

何度読んでもその都度、圧倒的な感動に包まれるし、新たな魅力を感じる。これから先も、何度も何度も僕は大切に『ノルウェイの森』を読み続けていくことだろうと思う。

それにしても、初めて『ノルウェイの森』を読んだときからもう23年もの時間が過ぎ、僕もそれだけ歳をとり、それだけの人生を送ってきたんだと思うと、驚いてしまうとともに、非常に感慨深いものがある。

12月11日(土)の映画公開が楽しみだ。

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2010年10月18日 (月)

『走ることについて語るときに僕の語ること』/村上春樹

村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』を読んだ。

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作家でありながら、マラソンランナーでもある村上春樹が、走るという行為を通じて、自分自身のことや自分の考えなどについて語ったメモワールで、数多くある村上春樹のエッセーや紀行文の中で僕がもっとも好きな一冊だ。

僕は単行本で2度読んでいるが、最近、文庫本化されたので、文庫本で改めて読んでみたのだ。

本書の中で、村上春樹は長距離走について多くの示唆に富んだ所見や論考を展開している。僕は長距離走やジョギングはしないけれど、そこに書かれているひとつひとつの言葉は読んでいてものすごい説得力をもって僕の頭と心にしみ込んでくる。

それは、よく人生がマラソン競技に例えられるように、マラソンと人生との間には共通することが多いからだろう。だから、マラソンについて語ることはまた、人生について語ることでもあるのだろう。そして、村上春樹によれば、長編小説を書くという行為もまたマラソンに通じるところがあるようだ。

そして、人生に例えられるといえば、山登りも同様だ。だから、山登りをする僕にとって、この本で語られていることの多くは、登山にも通じるものであり、その意味においても僕にとっては非常に説得力があり、読むべき価値があるものなのだ。

長距離を走ることの苦しさについて書かれた次のように文章がある。

「苦しいからこそ、その苦しさを通過していくことをあえて求めるからこそ、自分が生きているというたしかな実感を、少なくともその一端を、僕らはその過程に見いだすことができるのだ。生きることのクオリティは、成績や数字や順位といった固定的なものにではなく、行為そのものの中に流動的に内包されているのだという認識にたどり着くこともできる。」

人生を生きていくうえで、そして、登山を愛する者として、僕にとってはまさに至極金言だ。

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2010年5月 3日 (月)

『1Q84 BOOK3』

村上春樹の『1Q84 BOOK3』を読んだ。600ページにおよぶ長編で、読み応え充分だったけれど、読み進めている時の感じ、そして読後感は、今までの村上作品とは明らかに異なるものがあった。

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『BOOK1』、『BOOK2』から1年、久しぶりに“1Q84ワールド”に入り込んで行った。まず驚いたことは、『BOOK1』、『BOOK2』では、天吾と青豆のふたりの世界が交互に描かれてストーリーが展開するというスタイルだったが、今回『BOOK3』では、そこに謎の探偵牛河の世界も描かれ、天吾、青豆、牛河の三者がストーリーを展開していく。

隠れ家に深く潜行している青豆、普通の日常生活を送っている天吾、このふたりの物語が停滞している中で、物語を引っ張り、展開させていく役割が牛河だ。『BOOK1』、『BOOK2』で脇役として登場した牛河が、『BOOK3』では俄然、重要なキー・パーソンとなり、物語に躍動感をもたらせる。『BOOK3』は、むしろ牛河の物語と言っても過言ではないかもしれない。

『BOOK1』、『BOOK2』では数多くの謎が解決されず謎のまま残され、仕掛けられた伏線が表に出ないまま放置され、いわば数々の案件が保留されたままで終わっていた。『BOOK3』では、そうした未解決部分に答えを見つけていくわけだが、その謎解きが多分に説明的すぎるように感じられる。

暗示的な謎を残したまま終わることが多い最近の村上作品だったが、この『1Q84』では、謎のまま残されたところもあるが、ラストシーンも含め、いくぶん説明しすぎて、謎が解けて陳腐な物語となってしまったように僕には思われる。

もちろんストーリーのおもしろさや、ストーリーテリングのうまさは見事としか言いようがないが、同じく3部作であった『ねじまき鳥クロニクル』のような重厚さや奥深さが『1Q84』では感じられない。そこが僕には物足りなく思われるが、日本をはじめ、世界中の読者がどのように感じるか、そしてどのように評価するか、楽しみではある。

この『1Q84』で、村上春樹はまた新しい作風を開拓していったように思われる。絶えず変化し続ける作家、それがまた作家村上春樹の魅力なのだ。

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