2012年5月23日 (水)

「ドーロ・イビア」

いきなり「ドーロ・イビア」と言われても何のことだかわかりませんね。

ビートルズの実質的なラストアルバム『アビー・ロード』の有名なジャケット写真、ロンドンのアビー・ロードにあるレコーディングスタジオ前の横断歩道を、ビートルズのメンバー4人が左から右に渡っている写真と、逆方向に渡っている写真がオークションにかけられ、日本円で200万円で落札されたとのこと。

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忙しいレコーディングの合間のわずかな時間で、アルバムジャケット用の写真を何枚か撮影したうちの1枚だそうで、いわゆるボツ写真だ。

40年以上も前に撮影されたボツ写真に200万円もの値が付くとは、ビートルズの人気が今もっていかに高いかを物語るエピソードだ。

それにしてもアルバム『アビー・ロード』、収録された音楽はもちろん最高なんだけど、そのジャケット写真も実に秀逸だなぁって、「ドーロ・イビア」を見ながら改めて思ったのだ。

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2012年5月20日 (日)

ネコとあそぶ

今日は天気がいまひとつ良くないので山登りに行くのは止めて、家で洗車をしていたら、いつものノラネコが遊びに来た。

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やたらと体を擦り付けてきたり、目の前でゴロゴロと転がったりと、いかにも遊んでもらいたそうにしてたので、しばし洗車の手を休めて、ネコとお遊び。

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ネコの仕草や動作を見ているとおもしろくて、まったく見飽きることがない。ネコとともに時間が過ぎていった平和な午後だったのだ。

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2012年5月19日 (土)

Sturm und Drang

「Sturm und Drang」(シュトゥルム・ウント・ドラング)、いきなりですがドイツ語です。日本語訳は「疾風怒濤」。

18世紀末のドイツで起こった芸術のムーブメントを表す言葉で、一般的には、青年期特有の燃えるような感情のうねりをそのまま表現した芸術スタイルを言うようだ。

なぜ突然こんな話をするかと言えば、僕の週末の恒例行事、朝のアイロン掛けミュージックが、今朝はハイドンの青年期の交響曲だったのだ。

音楽の父がバッハなら、ハイドンは交響曲の父。交響曲という音楽様式を確立し、生涯に100曲を超える交響曲を残した。そんなハイドンが青年期に作曲した交響曲は「疾風怒濤期の交響曲」と呼ばれている。

その特徴は、疾風怒濤と呼ぶにふさわしく、フレッシュでみずみずしくて、澄み切った生命力に満ち溢れた響きだ。この生命力にあふれた音楽は、後年の成熟したハイドン作品には見られないもので、天才モーツァルトの天上的な響きにさえ勝るものがあると僕は思う。

僕はトレヴァー・ピノック指揮、イングリッシュ・コンサート演奏の「疾風怒濤期の交響曲集」(CD6枚組み、全19曲収録)を持っていて愛聴しているのだけど、実に軽快かつ爽快な名演奏で、僕にとっての一生モノCDのひとつなのだ。

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2012年5月16日 (水)

『皇妃エリザベート』/藤本ひとみ著

藤本ひとみの歴史小説『皇妃エリザベート』を読んだ。とても読みやすくて、おもしろかった。

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最近、歴史小説を読むようになり、藤本ひとみさんの作品も読みたいと思っていたところ、講談社文庫の新刊で『皇妃エリザベート』が出ていた。

エリザベートは、オーストリアのハプスブルク帝国末期の皇帝フランツ・ヨーゼフの皇妃で、数年前、僕がオーストリアやハンガリーを旅行するときに、にわか勉強をして知っている人物だったので、これは読まねばっと思い、早速、買って読んでみたのだ。

シシィという愛称で呼ばれ、「ウィーンの薔薇」、「ブダペストの薔薇」とも呼ばれた絶世の美女エリザベート。皇妃でありながら、自由奔放に生き、最後は旅先で暴漢に刺殺されてしまうという波乱万丈の人生を送ったエリザベート。

その波乱万丈の人生について、旅行前のにわか勉強や、旅行先の見聞でいくらか知っているつもりだったけれど、今回、改めて『皇妃エリザベート』を読んで、600年以上にわたって中世ヨーロッパに君臨し続けたハプスブルク帝国が滅亡に至る激動の時代を生きたエリザベートの悲劇的な人生がよくわかった。

そして、物語のフィナーレ直前に記された「いろいろな傷を残しながら、人生は過ぎていく」という言葉を読んだ瞬間、僕はとても大きな感動に包まれた。

藤本ひとみさんの筆致は、明快でとてもわかりやすくて読みやすい。流れるように読ませる文章は見事で、読んでいるうちにグイグイと物語世界の中に引きずり込まれていった。

藤本ひとみさんといえば、西洋の歴史、特にフランスの歴史モノ作品で知られている。これを機に、藤本ひとみさんの他の歴史小説も読んでみたいと思う。

ところで、エリザベート。日本ではあまり知られていないかもしれないが、オーストリアやハンガリーでは、死後百年以上が過ぎた今も国民的な人気が高いことに驚かされる。特にハンガリーでは、ブタペストのドナウ川にかかる橋のひとつがエリザベート橋と名付けられていて、いかに国民に親しまれているかがうかがわれる。

↓ドナウ川にかかるエリザベート橋

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2012年5月15日 (火)

笹ヶ峰の遺産

日曜日に登った笹ヶ峰に関し、昨日は、我々の先代が残した遺産ともいえる「炭の道」について書いたが、笹ヶ峰にはもうひとつ歴史遺産がある。

それは、笹ヶ峰山頂にある一等三角点だ。

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日本近代の黎明期、ときの明治政府は、日本全土の正確な測量と地図作成を行った。それまで、地図といえば、江戸時代に伊能忠敬によって作成された伊納地図しかなかったような時代だ。

日本各地に三角点を設置し、三角点網を作り上げて、日本全土の正確な測量を行った。まさに近代国家日本にとっての一大事業であったに違いない。

一等三角点は、その三角点網の中でも基準中の基準といえる重要なもので、全国に約900箇所、愛媛県内には18箇所設置された。

そのうちのひとつが笹ヶ峰の山頂に現存している一等三角点なのだ。

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標高1859.5mの笹ヶ峰山頂まで人力で資材を担ぎ上げ、大きなやぐらを組んで三角測量を行なった往時の人々のたいへんな苦労と努力には頭が下がる思いだ。

笹ヶ峰山頂からは石鎚連峰の雄大な素晴らしい景色が眺望できるが、山頂に立ったときには是非とも、足元にある日本の歴史遺産ともいうべき一等三角点柱にも目を向けていただき、いにしえの人々に想いをはせていただきたいと思う。

ちなみに、愛媛県内にある一等三角点のうち、山頂にあるものとしては、笹ヶ峰の他には二ノ森(標高1929.2m)や三本杭(標高1225.7m)などがあります。

↓二ノ森山頂の一等三角点

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↓三本杭山頂の一等三角点

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